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和歌山地方裁判所新宮支部 昭和41年(ワ)56号 判決 1969年12月03日

原告

寺地敏子

被告

株式会社小内鉄工所

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金七、六九二、七七〇円および内金六、六九二、七七〇円に対する昭和四一年一一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、昭和三七年九月一七日午後一一時四〇分頃、和歌山県新宮市新宮九八二番地先国道四二号線十字路において、同十字路に向かつて西進してきた訴外中本益規の運転する原動機付自転車と、右国道上を南進してきた当時被告会社の従業員訴外大平勝利の運転する被告所有の普通貨物自動車(和4ゆ四五〇九号)とが衝突し、よつて右訴外益規は路上に転倒して頭部を強打し、同月一九日付近の病院で脳挫傷等により死亡した。

二、凡そ自動車運転者は、かかる市街地での交差点(十字路)に差しかかつた際には、減速したうえ前方左右を注視して警笛を鳴らし、他の車両との衝突を避譲しうる態勢で進行し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、右訴外大平は右義務を怠り、しかも、時速二〇粁に速度制限された右十字路付近を毎時五〇粁の速度で道路右側を進行してきたため、同十字路を西方に向けほぼ八分通り通過していた右訴外益規の運転する前記原動機付自転車の右側面に衝突し、同人を死亡させたものであつて、右事故は右訴外大平の過失によつて生じたものである。

三、右訴外大平は、当時自家用貨物自動車の運転手として被告会社に雇われていたものであるところ、本件事故は被告会社の事業の執行につき生じたものであるから、同訴外人の使用者である被告は、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

四、訴外中本益規および原告は、本件事故の発生によつて、次の損害を受けた。

(一)  右訴外益規の得べかりし利益の喪失による損害 金四、〇六九、九八〇円

右訴外人は、本件事故による死亡当時二〇歳で、新宮市新宮日の出通り酒場「ナミバー」の支配人として勤務し、月収金三〇、〇〇〇円を得ていたもので、今後なお四三年間は就労が可能であり、その間少くとも右と同額の収入を得られるものと考えられ、その間の同訴外人の標準生活費を一カ月金一五、〇〇〇円と評価すると、同訴外人の一年間の純所得は金一八〇、〇〇〇円となるところ、右金額にそれに対応する係数二二・六一一を掛けた金四、〇六九、九八〇円が右期間中同訴外人の得べかりし純利益額であつて、同訴外人は本件事故の発生により右利益を失い、同額の損害をこうむつた。

(二)  葬祭費用 金一五〇、〇〇〇円

原告は、右訴外益規が本件事故で死亡したことによりその葬祭費用として金一五〇、〇〇〇円(石碑代・金四〇、〇〇〇円、墓地代並びに設備代・金三〇、〇〇〇円、棺代、僧侶布施、供物、花代等の葬式費用・金六〇、〇〇〇円、香奠返し代・金二〇、〇〇〇円)を支出し、同額の損害をこうむつた。

(三)  弁護士費用 金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告は、被告の不誠実な示談交渉に翻弄され、やむなく本訴を提起し、原告訴訟代理人に着手金として金一〇〇、〇〇〇円を支払い、さらに成功報酬として判決認容額の二割を支払う約束をしている。

(四)  原告の慰藉料 金三、〇〇〇、〇〇〇円

原告は、訴外益規の母として同訴外人を愛育しその将来の生活を同訴外人に託していたのであるが、同訴外人の死亡により生活の糧を失い今後孤独な生涯をすごさなければならなくなり、甚大な精神的苦痛を受けたので、その苦痛に対する慰藉料は金三、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(五)  前記のとおり右訴外益規が死亡したことにより、その母である原告は、その唯一の相続人として、前記(一)記載の損害賠償債権全額を相続によつて取得した。

五、その後現在までの間に、原告は被告より本件交通事故による損害賠償金の内金として、金五二七、二一〇円の支払を受けた。

六、よつて、原告は被告に対し、前記四の(一)ないし(四)記載の各金額の合計金八、二一九、九八〇円から前記五記載の金五二七、二一〇円を控除した金七、六九二、七七〇円と、その内金六、六九二、七七〇円に対する訴状送達の日の翌日である昭和四一年一一月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

被告の抗弁に対する答弁として、

被告主張の抗弁事実中、本件事故後原告と訴外大平との間において、さらに被告主張の日に原告の代理人訴外寺地一正(同訴外人は原告のみの代理人であつて、訴外湯本やよみを代理していない。)と被告との間において、それぞれ示談契約が成立したことは認めるが、その趣旨内容を争う。

すなわち、原告と訴外大平との間の右示談契約は、同訴外人が原告に対し、金七五〇、〇〇〇円のほか被告主張の修理費および治療費を支払うとするものであり、また、原告の代理人訴外寺地一正と被告との間の右示談契約は、右原告と訴外大平との間の示談契約とは関係なく、被告において原告に対する自己の賠償責任を認め、その賠償額として金七七六、四一〇円を支払うことを約したものである。

なお、被告の自白の撤回には異議がある。

と述べ、

再抗弁として、

一、前記のとおり、本件事故に関し、原告と訴外大平との間並びに原告の代理人訴外寺地一正と被告との間において、それぞれ示談契約が成立したが、前者については訴外大平においてその示談金中金七一七、七一〇円を支払つたのみで残額を支払わず、後者については被告においてその示談金を支払わないので、原告は、昭和四三年八月二四日訴外大平および被告に到達した内容証明郵便をもつて、訴外大平に対し右残額金一八三、〇〇〇円、被告に対し右示談金七七六、四一〇円を右到達の日から一週間以内に支払うよう催告し、かつその期間内に右各金額が支払われないときには右各示談契約を解除する旨の条件付解除の意思表示をしたが、右期間内にいずれの金員の支払もなかつたので、同月三一日の経過により右各示談契約はいずれも解除されたものである。

二、本件交通事故にもとづく被告に対する損害賠償請求権の消滅時効は、昭和三七年一〇月三〇日に原告の代理人訴外寺地一正と被告との間に前記示談契約が成立したことにより中断し、その後は時効期間が進行していない。すなわち、示談(和解)契約が存在すれば、損害賠償請求権を法律上行使できないことは示談(和解)契約の本質上当然のことであり、時効期間は示談(和解)契約の解除をまつてはじめて進行を開始するのである。

と述べ、

被告の再々抗弁に対する答弁として、

被告主張の再々抗弁事実中、被告主張の日に被告より原告宛に金八、四〇〇円が送金されてきたことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、右金八、四〇〇円は原告において受領せず、昭和四三年九月二日これを被告宛に返送した。

と述べた。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに被告敗訴の場合には担保を供して仮執行を免れる旨の宣言を求め、答弁として、

一、請求原因一記載の事実は認める。

二、同二記載の事実は否認する。

訴外大平は、当日被告会社における居残り勤務を終えたのち、上役に無断で被告会社所有の自動車を持ち出し、映画館、喫茶店等で遊んだうえ、右自動車を運転して本件事故現場たる十字路にさしかかつたが、その手前約三〇米の地点で、折柄西進中の訴外中本益規の運転する原動機付自転車を発見し、一旦減速したものの、同車が一旦停車をしたのでそのまま進行をはじめたところ、右訴外益規は左右側面を注視せずに不意に発進して右訴外大平運転の車両の直前を横切ろうとしたので、同訴外人は驚いて急ブレーキをかけたが間に合わず、右自転車と衝突したものであつて、右訴外益規は、本件十字路での一旦停車、左右注視義務を怠つたのみならず、飲酒酩酊のうえ、二人乗り禁止の右原動機付自転車の後部に女友達を同乗させ、かつ背後から同女に洋傘をきせかけてもらつて左右前後への視界が不充分なまま、右自転車を運転していたものであり、本件事故は同訴外人の一方的な過失にもとづくもので、訴外大平の過失に基因するものではない。

三、同三記載の事実は否認する。

訴外大平は、専ら船舶用内燃機の製造修理見習工として被告会社に雇われ、必要の都度社命を受けて鍵を受け取り被告会社所有の自動車を運転し、使用後は鍵、自動車ともに被告会社に返還することになつていた。

しかるに、本件事故当日は、前記のとおり、右訴外人において勤務終了後無断で被告会社所有の自動車を持ち出し、これを自己の遊興等のため使用運転していたものであつて、本件事故は被告会社の業務の執行につき生じたものではないから、本件事故につき被告に損害賠償の責任はない。

四、同四記載の事実中、原告が訴外益規の母であることは認めるが、その余の事実はすべて争う。

五、同五記載の事実中、被告が原告に対し本件事故に関して金員を支払つたことは認めるが、その余の事実は争う。

被告は、後記のとおり、原告および訴外湯本やよみとの間の本件事故に関する示談契約にもとづく示談金の総額等合計金七七六、四一〇円を、原告および同訴外人に支払つている。

と述べ、

抗弁として、

一(一)  本件事故後、原告および訴外湯本やよみ両名代理人訴外寺地一正と前記訴外大平との間において、本件事故に関し自賠保険査定事務所の査定により後日右原告ら両名の受け取るべき被告会社所有自動車に関する強制保険金決定額に金二五〇、〇〇〇円を加えた金額のほか、前記訴外益規が運転していた車両の修理費並びに同訴外人および同車両に同乗していた右訴外湯本の両名につき生じた治療費を、右訴外大平が原告に対して支払う旨の示談契約が成立した。その後、自動車損害賠償責任保険和歌山共同査定事務所より、昭和三七年一二月一七日付をもつて、右保険金額を金二六七、〇四七円とする旨の査定額通知を受けたので、右訴外大平が右原告ら両名に支払うべき損害額のうち右車両修理費および治療費を除く分は、金五一七、〇四七円と確定した。

(二)  しかるに右訴外大平には右賠償額を支払う資力がなかつたので、原告および右訴外湯本両名代理人訴外寺地一正と折衝の結果、昭和三七年一〇月三〇日、同訴外人と被告との間において、さきに同訴外人と訴外大平との間に成立した右示談契約にもとづき訴外大平が原告および右訴外湯本に支払うべき損害賠償額全額を、被告が訴外大平に代つて直接原告らに対して支払う旨の示談契約が成立した。

(三)  尤も、当初、被告は、原告および訴外湯本両名代理人訴外寺地と訴外大平との間に右(一)記載の示談契約が成立したのち、右(二)記載の日に右同代理人訴外寺地と被告との間に、被告より右原告ら両名に対し本件事故の賠償金として合計金七七六、四一〇円を支払う旨の示談契約が成立し、これら二個の示談契約にもとづく賠償金は、いずれもすでに全額支払済みになつている旨主張したが、右は真実に反する陳述で錯誤にもとづいてしたものであるから、右自白を撤回して、右(一)(二)記載のとおり主張する。

二、仮りに右主張が理由がないとしても、本件事故により訴外益規が死亡した昭和三七年九月一九日頃、原告はこれによる損害の発生および加害者を知つたのであるから、この時から三年を経過した本訴提起前の昭和四〇年九月一九日頃に本件不法行為による原告の被告に対する損害賠償請求権は時効によつて消滅したものというべく、被告は本訴において右時効を援用する。

三、仮りに以上の主張が理由がなく、かつ本件事故の発生につき訴外大平に過失があつたとしても、前記のとおり訴外益規にも過失があり、同人の過失は訴外大平の過失に比べより大きいものであるから、損害額の算定にあたつて充分斟酌されるべきである。

と述べ、

原告の再抗弁に対する答弁として、

原告主張の再抗弁事実中、原告主張の日にその主張の内容証明郵便が被告に到達したこと、右内容証明郵便をもつて、原告主張のとおりの催告並びに条件付解除の意思表示がなされたことは認めるが、被告が示談金を支払つていないとの主張事実は否認する。

と述べ、

再々抗弁として、

被告は、前記原告側と被告との間の示談契約にもとづく示談金をすでに全額支払つた。仮りに右示談契約によつて被告の支払うべき金額が原告主張のとおり金七七六、四一〇円であつたとしても、被告は本件事故に関しすでに右金額に相当する金員を原告に支払つているから、いずれにしても右示談契約は被告において履行済みである。

また、仮りに未払残額があるとしても、その金額は金八、四〇〇円程度にすぎず、被告は昭和四三年八月三〇日右金八、四〇〇円を原告宛送金し、同月三一日これが原告に到達したことにより、右示談金の支払義務はすべて履行済みとなつた。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

請求原因一記載の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

〔証拠略〕を綜合すると、本件事故後一〇日位経つて、訴外寺地一正は原告の代理人として(訴外湯本やよみの代理人でもあつたかどうかはともかくとして。)、加害者たる訴外大平勝利並びにその使用者である被告に対し、本件事故により原告側に生じた損害の賠償を求めて話し合いに入り、右訴外大平と被告の両名の代理人として折衝にあたることとなつた訴外小内鶴夫が、本件事故は右訴外大平の勤務時間外における勝手な行動によつて生じたもので被告に使用者としての賠償責任はない旨強く主張したのに対し、被告に右賠償責任が存在する旨反論して交渉を重ねた結果、右訴外大平については賠償責任を是認し、同訴外人の代理人たる右訴外小内との間に、車両修理費、治療費およびその他の賠償額(その額が金七五〇、〇〇〇円か、或いは本件事故に関し自賠保険査定事務所の査定により後日原告の受け取るべき被告所有自動車に関する強制保険金決定額に金二五〇、〇〇〇円を加えた額か、の点はともかく。)を含む金額を訴外大平が原告(訴外湯本をも含むかどうかはさて措く。以下同じ。)に対し本件事故による損害賠償として支払う旨の示談契約(乙一号証記載のもの)が成立し、なお、訴外大平には資力がなく同訴外人との示談契約だけでは原告側にとつて殆んど無意味であつたところから、さらに、被告の代理人たる右訴外小内との間に、右示談契約にもとづき訴外大平が原告に支払うべき賠償額を、被告が立て替え同訴外人に代つて原告に支払う旨の話し合いが成立し、ここに右交渉は一応落着するに至つたが、被告所有の自動車による本件事故につき自賠保険金を請求するためその添付書類として原被告間の示談書が必要であつたことと、右話し合いにもとづく被告の支払義務の存在を明らかにする目的で、昭和三七年一〇月三〇日原被告名義の示談書(乙第三号証)を作成したことが認められ、右認定を覆すにたりる証拠はなく(なお、被告は、当初、右原被告間の示談契約の趣旨内容につき、右認定事実と異る主張をなし、のちにその主張を撤回して右認定事実に沿う主張をするに至つたものであるが、前記の各証拠その他弁論の全趣旨を併せ考えると、右当初の主張は真実に反し錯誤にもとづいてなされたものと認められる。)、他方、右のような話し合いが成立したのち本件訴の提起(昭和四一年一一月二五日)に至るまでの間、原告側から被告に対し、右示談契約にもとづく示談金の支払請求はともかく、そのほかに、被告自身の賠償責任、すなわち本件事故の加害者たる訴外大平の使用者としての責任にもとづく損害の賠償を請求したことを認むべき証拠は存在しない。

ところで、不法行為による損害賠償の請求権は、被害者が損害および加害者等賠償義務者を知つたときから三年間これを行わないことによつて時効消滅するものであるところ、右請求権を行つたといいうるためには、被害者において加害者等賠償義務者に対し、これらの者の当該不法行為責任を追及し、その責任の民事的実現としての損害の賠償を請求するのでなければならない。これを本件についてみると、右認定した事実によれば、原告の代理人訴外寺地一正と被告との間において成立した右示談契約の内容は、さきに原告の代理人たる同訴外人と訴外大平との間に成立していた示談契約にもとづき訴外大平が原告に支払うべき賠償額を、同訴外人の使用者で一応資力もある被告が、当時無資力であつた同訴外人に代つて直接原告に支払うことを約した趣旨と認められ、被告自身の不法行為責任(使用者責任)としての損害賠償義務そのものにはなんら触れるところがないのであるから、かかる示談契約の存在やその履行請求等をもつてしては、被告に対して被告の不法行為にもとづく損害賠償請求権を行使したものということはできず、これによつて右請求権の消滅時効中断の効力が生ずべきものということもできない。そして、原告の代理人寺地一正と被告との間に右のような示談契約が成立したということだけでは、同訴外人もしくは原告において、これとは別に、被告に対して被告自身の不法行為責任(使用者責任)を追及し、これによる損害の賠償を請求することは少しも妨げられない道理であり、かつ右認定のとおり右示談の交渉の過程において、右訴外寺地が被告に対し、本件事故の加害者たる訴外大平の使用者としての責任を問い、本件事故によつて訴外益規が死亡したことにより原告のこうむつた損害の賠償を請求していたことに照らすと、遅くとも右示談契約が成立した昭和三七年一〇月三〇日までには、原告側において本件事故による損害のほか被告がその賠償義務者たるべきことを知つていたものと認むべきところ、右示談契約成立後、原告側において被告に対し、右訴外大平の使用者としての責任にもとづく右損害の賠償を請求したことを認むべき証拠のないこと前記のとおりであるから、原告の被告に対する本件損害賠償請求権は、遅くとも昭和四〇年一〇月三〇日の経過をもつて時効により消滅したものといわなければならない。

そうすると、原告の被告に対する本訴請求は、すでにこの点において理由がないことに帰するから、その余の点を判断するまでもなく、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷村允裕)

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